しがない庶民の独り言

どこにでも居るしがない庶民です。趣味の旅行(訪問記)や地元神奈川ネタ、時事問題、社会問題など、完全不定期で投稿中。

#東北地方太平洋沖地震

【訪問記】いわて三陸けせん希望ストリート2018(2018.10.07)

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今日は久々に都内へお出かけ。
10月6日~8日の間は三連休の方も多くいらっしゃると思いますが、この3日間で東京都・JR有楽町駅前広場で「いわて三陸けせん希望ストリート」2018が開催されています。

これは毎年行われているもので、岩手県の陸前高田市・大船渡市・住田町の観光PRや名産品の販売、三陸鉄道のPR2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(以下、東日本大震災とします)で被災された方による講演などが行われます。

筆者として、やはり一番気になったのは、実際に東日本大震災で被災された方の講演(震災語り部)です。

東京圏ではメディアで報道される機会もかなり少なくなりましたが、現実にはまだまだ多くの方が厳しい生活を余儀なくされているはずです。行方不明の方も多くいらっしゃると思います。

筆者も今年の3月、宮城県の三陸沿岸を訪れる機会(※)がありましたが、東日本大震災から7年半が経過しても、津波に流されたまま更地になっていたり、倒壊した建物がそのままになっていたりと、やはり実際に自分の目で見てみないと分からなかったことがとても多いです。
テレビやネットの報道では殆ど触れられないことが多くあるのだなと改めて痛感します。

※以下、今年3月の訪問時の記事です。
2018年3月7日投稿:【宮城県女川町】東日本大震災の被災地を訪問【2018.03.04】
2018年3月6日投稿:【宮城県名取市】東日本大震災の被災地を訪問【2018.03.03】

東日本大震災以降も一昨年の熊本地震や先月の北海道胆振東部地震、去年の九州北部豪雨や今年夏の西日本を中心とした豪雨(平成30年7月豪雨)など、多くの地域で「激甚災害」に指定されるような災害が発生しました。

無論、どんな災害も決して風化させてはいけません。ただ、この東日本大震災は大津波や火災、原発事故など未曾有の事態が立て続けに起きました。絶対に風化させてはいけない災害だったと思うのですが、実際には記憶・意識・関心の風化が進んでいるのが現実だと思います。
風化を防ぐために、せめて個人で出来ることはなんだろう?と最近、考えることが多いです。

【東京・有楽町】つながろう熊本~くまもともっと開催(2018.04.15)

2016年4月に発生した熊本地震から今月で2年となります。

2年の節目。

4月10日~4月16日の期間、東京・有楽町の無印良品有楽町店にて表題のイベント「くまもともっと」が開催されました。
現地の特産品の販売や熊本県に移住された方のトークイベント、現地の被災状況の写真展示などが行われました。

筆者は昨日(2018.04.15)、無印良品有楽町店の店舗前展示(くまもと市場)を訪れました。

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熊本の観光情報のブースです。
「名物列車で旅するくまもと」と言うことで、熊本地震で被災して現在も不通区間(立野~中松間)のある南阿蘇鉄道の紹介もありました。

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こちらは神社復興祈念の三角灯龍&獅子舞折り紙作り体験のブースで、筆者も体験させて頂きました。

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熊本県内で栽培された野菜や果物、これらを使った飲料などの販売も行われ、早々と完売する野菜などもあり好評でした。
筆者は玉ねぎとあまなつみかんのジュースを購入させて頂きました。

熊本地震から2年が経過しましたが、まだ多くの被災された方が苦労されているのが現状だと思います。

大きな災害があると、メディアで取り上げられるような有名な観光地や行楽地、被害が大きかった地域の被災状況に視線が行ってしまいがちです。
イベントのスタッフとして参加されていた方にお話を伺うことが出来たのですが、東京圏で報道される熊本地震関連の報道の内容や現地の被災状況にはかなりの乖離があると仰っていました。

熊本地震だけではありません。
多くの犠牲者を出した2017年7月の九州北部豪雨。
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)も同様です。

メディアの報道や番組の内容を鵜呑みにするのではなく、実際に現地に足を運び、自身の目で現状を確認すると言うことの大切さを最近は強く感じています。

【熊本地震】災害の風化【2017.1】

今日の夜、テレビニュースを見ていたら、熊本地震からちょうど2年と言う報道がされていました。
月日の流れは早いものです。

2016年4月の熊本地震発生からおよそ9か月後の2017年1月、熊本県を訪問する機会があり、市内や益城町などを訪れたのですが、熊本城の被害や完全に倒壊してしまった家屋、半壊し屋根にブルーシートのかかった家、割れたまま放置されているコンクリートが散見されるなど、改めて自然の威力を思い知らされた次第です。

【以下、全て2017年1月、熊本県熊本市内及び益城町内にて撮影】
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2017年10月末で閉鎖されたようですが、益城町には益城復興市場・屋台村が設置されていました。
屋台村に出店されていた店舗は、現在は各店舗でそれぞれ影響されているようです。

復興、復興と言われますが、多くの被災された方が今も苦労されているはずです。
現実問題、メディアで全くと言って良いほど報道されないことも数えきれないくらいあるかと思われます。
2011年3月の東日本大震災関連の報道もめっきり減り、正直、風化されつつあるような印象を抱きますが、どうでしょうか。

「天災は忘れた頃にやって来る」と言う昔からの言葉もあります。災害の風化、筆者は危惧します。

【宮城県女川町】東日本大震災の被災地を訪問(2018.03.04)

【2018年3月4日】
この日は宮城県女川町を訪問しました。同町の訪問は2014年12月以来、およそ3年ぶりのことでした。

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前回訪問時、石巻線の最後の2.3キロ区間とも言われていた浦宿~女川間がまだ不通でしたが、東日本大震災から4年後の2015年3月21日に運転再開となり、筆者は初めてこの区間を乗車しました。

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女川駅も内陸側へ約200メートルへ移動した上で、温泉温浴施設も合築された新駅舎として開業、同年12月には女川駅前にテナント型商業施設「シーパルピア女川」が開業し、観光客や地元の方など、多くの方で賑わう活気ある場所となっています。

因みに2014年12月の訪問時は、まだ下の画像のような状況でした。

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この時点ではまだ石巻線、浦宿~女川間が不通でした。

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女川駅があったと思われる周辺の写真です。
一部の大きい頑丈な建物以外、殆どが流出してしまい、どこに何の建物があったのか、そもそも駅はどこにあったのかも殆ど分からない状況でした。

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女川運動公園バス停に女川駅のバス停も併設され、女川駅発着の路線バスはこの地点が発着点になっていました。

話を今年3月4日のことに戻しますが、、商店街から少し離れた所を散策してみると、更地になっている箇所(=大津波で建物が殆ど流出してしまったと思われる箇所)や、大津波により倒壊してそのままの状態となっている建物も散見されます。

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交番だった建物(旧女川交番)が完全に倒れている光景も。
震災遺構として保存が決まっているそうです。

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一方、当日の天気は快晴で、女川湾で釣りを楽しんでいる方もいらっしゃいました。

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フェリー乗り場の光景です。ここから金華山や出島、江島、寺間島へ行くフェリーが出ています。
何とか機会を作り、宮城県の離島も足を運んでみたいところです。

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お昼は明神丸さんでいくら丼を頂きました。
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女川温泉ゆぽっぽ内の掲示にて。
東日本大震災から3日後に石巻日日新聞が作成した手書きの新聞だそうです。
新聞社も被災し、電気・機械も使えない状況の中、残っていた紙とペンで作られたとのこと。
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この記事を見るといかに状況が逼迫していたかと言う事が読み取れます。

次の日曜日で東日本大震災の発生から7年を迎えます。
今回の女川町や、前回記事の名取市・仙台空港周辺は東日本大震災の被災地のごく一部であり、今でも多くの方が苦労されているはずです。

最近は報道も少なくなりましたが、死者・行方不明者合わせて約2万人と言う戦後最悪の自然災害。
このまま風化させてはいけない、筆者はそう考えます。

【宮城県名取市】東日本大震災の被災地を訪問(2018.03.03)

【2018年3月3日】
訪問記です。この日は宮城県名取市にある仙台空港を久々に訪れました。
前回訪問がいつ以来だったか、記憶が定かではないのですが、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震が発生する前でした。

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展望台から海岸線の地帯を見渡してみます。やはり大津波で建物が殆ど流出してしまったのでしょう。多くが更地となったままでした。

また、仙台空港1階ビルで行われているパネル展の3枚目の写真で1階ビルに大津波が押し寄せ自動車や瓦礫が流れ込んでくる様子が写されています。

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この様子はテレビニュースなどで放送されているのを何度も視聴しましたが、ただ唖然としたことが思い出されます。

次の日曜日であの日から7年を迎えます。最近は報道もめっきり減りましたが、絶対に風化させてはいけない、筆者はそう考えます。